誘惑をはねつけて 番外編 

甘い契



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んっと小さな吐息が、聞こえた。

本当に、生きているよなと一瞬飛影は思う。

あの決勝から数日。
この島を出るよりも少し前…。



そっと、蔵馬は良いと言った。

だから、躊躇わず飛影は手を伸ばす。

何も纏わないその肌は、うっすら熱を帯びていく。

蔵馬の深い瞳が飛影を見上げていた。

一気に、衝動のまま奪いたい気持ちがわいたのを、息を殺して飛影は
押さえ込んだ。

こんな風に、真っ直ぐ見つめる人を、飛影は知らない。
その肌に舌を這わせれば、蔵馬の肌がしなるのがわかる。
この身体で、闘い抜いてきたと、ふっと、飛影は思った。

唇に息を重ねれば、小さな口が開いていく。この唇の、呼吸を
止めるかもしれないその闘いが、確かにあったのだ。

「ひっ…え…」
絡ませる舌から伝わる、その熱が暖かい、その温もりが、興奮を呼び覚ましていく。
…それはお前が悪いと、言いそうになる。こんな風に煽られるなんて、知らなかった。

もしあのとき…蔵馬を失っていたら。
思えば、ぞくっとした恐怖が身体を駆け巡る。

好きだと、本当に、今なら思える。

指を、その細い腕に添わせると、蔵馬はうっとりと飛影を見つめてきた。
なぜこんなに苦しい思いを、自分が。たった一人のために。

深く丸い瞳がが、潤んでいくその様が、同じ生き物とは思えなかった。
何のための、自分の生き方だったのか。

「はっ…あっ…」
胸の尖りに触れる度跳ねるその身体を、壊したいと…同時に、このまま
遠くへ。浚って。
そうしたら、もっと…誰にも蔵馬を、壊されないところへいける。

思えば、身体が熱くなる。

「ひ…え…い」

何度か、蔵馬はその名を呼んだ。
蔵馬のその身体をねちねちと濡らす…この身体ごと、全て自分の証しにしたい。
何のためにあの下らない闘いを、受け入れたのか。
時折自分を見つめる、切なげな視線の意味は何だったのか。蔵馬からの。
それを、受ける度に、なんとも言えず弾む気持ちがあった。

「あっ……!」

蔵馬のからだを…下半身を開く瞬間、高い声が上がった。

息が熱いのは、二人とも同じ。…身体を開かれれば、蔵馬は熱に浮かされた息を
吐いていく…。
直ぐに甘い吐息に変わっていく蔵馬の、心が見透かせるようだ。
きっと、蔵馬はこのまま全てを手に入れられることを、望んでいる。

「やっ……!!」

見られているその刺激に、蔵馬の口が、大きく開いた。
火照っている頬のその赤さの理由は、一体何なのか。
それに、胸が…ビクビクしなっている。んっと、蔵馬は飛影を見た。

「いいと、言ったのはお前だ」

少しずつねだりを訴える蔵馬のその前を、飛影は強く握っていく。

「あっ…ああ!」
ぐいと下から、上に指の腹が、それを…濁流のように荒く…触れていく。
蔵馬のその前からの甘い疼きが、つま先まで流れていく。

「…んっ…」
擦り付けてくる蔵馬の足が、多分言葉にできない、求め。
はっと、蔵馬のからだが跳ねた。…熱い舌が、それをくわえ込む…。

音のない部屋の中、チュルチュルというそれだけが今、響いていた。
「あっ…あんっ……」
途切れなくなっていく声の甘さに、突き動かされていく。
それを、くわえ込んだ飛影の舌が、まるで生き物のようで。

「あっ…んっ…もっ…」
じゅるっと言う、音が、蔵馬自身にも聞こえる…それが脳の奥へと…。

そして、そのまま胸の奥の甘い衝動へ。

「……っ…んうっ……」
もう、蔵馬の声は、上擦っていなかった。知らず、蔵馬は瞳を潤ませていた。
「ひ、えい…」
その声は魔物だ。やはりこいつは魔物だ。こんな声、どこから出しているのか。
なぜこんなに甘く、囁く。小さく…。蔵馬は、好きだと、言ったのだ。
それは遠く、遠く聞こえた。好き…その感情を、飛影は蔵馬に出会って初めて知った。
言われる度に、響く度に飛影の胸を高鳴らせていく。
唇を離し…一気に、蔵馬の前のそれを、指で下から突き上げた。

「あっ…ん!!!」

蔵馬の腰が、ガクンと上がり…そしてシーツに沈んだ。

白濁のそれが、蔵馬の腹を染め…そして飛影の指先を濡らしていた。
ああ、と飛影は思う。
あれほど、もう傷つかせないと思ったこの人が、今ここに居るそれは多分奇跡。
その奇跡を、蔵馬を抱きしめてわかる。

蔵馬に近づく度、触れたいと思った。
けれど衝動を抑えつける何かが、確かにあったのだ。
傷、つけたくなかった。

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